仕事を離れて、自分の人生と会社に戻る

30代後半の停滞感を変えた「節目休暇」
仕事を辞めたいわけではない。職場の人間関係に、大きな問題があるわけでもない。むしろ、信頼し、尊敬できる人たちと働いている。それなのに、なぜか違和感が拭えない。
30代後半だった佐藤さんは、そんな言葉にしにくい停滞感のなかにいた。目の前に現れる出来事に向き合いながら、一つひとつの時間を懸命に生きてきた。しかし、ふと立ち止まったとき、その先に待つ人生が、これまでの延長線上にしかないように見えた。
「20代の頃は、可能性のほうが大きかったように思います。でも30代後半になると、その昔は感じられていた可能性が少しずつ小さくなっていることに気づき始めました」
転職すれば解決するのか。会社を辞めれば、何かが変わるのか。そもそも、自分は何に違和感を感じているのか。その答えが見つからないまま、佐藤さんは勤続10年の節目を迎えた。
そこで会社から与えられたのが、10営業日の特別休暇と祝い金を組み合わせた「My-Story10Years」と呼ばれる制度だった。土日を含めると丸2週間。仕事から完全に離れ、自分の人生を見つめ直すための時間である。佐藤さんがその期間で確かめたのは、これから何をするべきかという新しい答えだけではなかった。これまで自分がどのように生きてきたのか。そして、自分が身を置く会社を、本当はどう思っていたのか。仕事から離れたことで、自分の人生と会社との関係が、もう一度見えるようになっていった。これは、長期休暇によって劇的に人生を変えた人の物語ではない。一度離れることで、これまで歩いてきた人生を引き受け、いまいる場所を選び直した人の記録である。
1 年齢を重ね生まれ始めた違和感
休暇に入る前の佐藤さんは、明確に転職したいと考えていたわけでもない。ただ、「このままでいいのだろうか」という感覚が、日常の底に沈んでいた。自分にできることと、できないことが、以前よりもはっきりと見えるようになった。体力の変化も感じていた。若い頃のように、がむしゃらに走り続けることはもうないのかもしれない。自分のピークは、すでに過ぎたのではないか。そこには焦りだけではなく、寂しさや諦めがあった。
「信頼しているメンバーと楽しく働いているのに、このモヤモヤはなんなのか、と思っていました。原因がわからないことに対する違和感があったんです」
仕事を頑張り、人生の大きな出来事をいくつも経験したあとで、次に何があるのかが見えにくくなった。未来がなくなったわけではない。しかし、未来を想像したときに現れる景色が、どれも現在の延長に見えてしまう。そのことが、佐藤さんのなかに停滞感を生んでいた。
佐藤さんは、当時抱えていた痛みを「慢性疾患」にたとえる。すぐに日常生活を奪う急性の痛みではないから、しばらくは放っておける。忙しさのなかで見て見ぬふりもできる。しかし、ごまかし続ければ、いつか日常そのものに支障が出るかもしれない。自分自身に期待することをやめ、気持ちを置き去りにしたまま働き続けていた可能性もある。転職や退職は、目に見える変化を生む。しかし、苦しさの正体がわからないまま場所だけを変えれば、同じ問いを次の場所へ持ち込むことにもなる。佐藤さんに必要だったのは、すぐに進む方向を決めることではなく、まず自分のなかで何が起きているのかを確かめるための節目だった。
2 会社が用意した、仕事から完全に離れる時間
佐藤さんの会社では、勤続10年を迎えた社員に、10日間の特別休暇と祝い金が支給される。休暇の時期は業務を調整したうえで決められ、対象者の多くが取得しているという。さらに15年、20年という節目にも、同じように自分の人生を見つめ直す機会が設けられている。重要なのは、単に長く休めることだけではない。この期間、業務上で社内との連絡は禁じられ、仕事との接点は意識的に断たれる。
休暇を取得していても、仕事の状況を確認できる状態にいれば、その人は完全には役割を離れられない。身体は職場の外にあっても、意識は仕事のなかに残り続ける。My-Story10Yearsは、「休んでもよい」と許可するだけでなく、会社の側から仕事との回線を切ることで、一人の社員を社会人という役割からいったん解放しようとする。
その背景には、会社が大切にしてきた「何のために生きるのか」という問いがある。社員は入社時に、自分自身の理念である「パーソナルミッション」を考える。勤続10年は、入社時に立てた問いを、十年分の経験を重ねた自分でもう一度考え直す節目として位置づけられている。
一方で、約2週間にわたって一人の社員が不在になる以上、業務調整は簡単ではない。佐藤さん自身も、周囲の協力がなければ取得できなかったと振り返る。それでも休暇が組織のなかで機能しているのは、10年、15年、20年と、節目を迎える人が繰り返し現れるからだ。誰かが休むときには支え、自分が節目を迎えたときには支えてもらう。その経験の積み重ねが、長期休暇を特別な例外ではなく会社の文化へと近づけている。
3 役割を剥がされると、人は不安になる
休暇に入ったからといって、すぐに気持ちまで仕事から離れられるわけではない。休暇の前半、佐藤さんは落ち着かなさを感じていた。平日の昼間に出かけながら、「仕事をしなくていいのだろうか」と、どこかでそわそわしていたと話す。
「何もしなくていいと言われると、どうしていいかわからなかったんです。社会人という役割が剥がれたことに対して、変な不安がありました。プチ定年退職のような感覚でした」
何かを生み出すことや、誰かの役に立つことによって、自分の価値を確かめていた。そのことは、仕事をしているあいだには見えにくい。仕事をしない時間に置かれて初めて、仕事が自分のアイデンティティのどれほど深い部分を占めていたのかが見えてくる。
佐藤さんには、会社員としての役割だけではなく、家庭の役割もあった。周囲から期待される自分に応えようとするうちに、「自分自身」から少しずつ離れていたのではないかと、休暇を通じて気づいたという。長期休暇は、自由な時間を増やすだけのものではない。それまで自分を支えていた役割や関係から、一時的に切り離される時間でもある。だからこそ、解放感より先に不安が訪れることがある。しかし、その不安は、すぐに埋めるべき空白なのだろうか。仕事に戻ることで見なくて済むようにするのではなく、しばらくその空白にとどまることで、「役割を持たない自分は何を望んでいるのか」という問いが、ようやく立ち上がってくることもありそうだ。
4 過去へ遡り、自分の人生を引き受ける
休暇の後半、佐藤さんは「ルーツ巡り」に出た。
最終的な目的地は、自分が生まれた場所。そのゴールから逆算し、現在から過去へと少しずつ時間を遡る旅を組み立てた。
最初に訪れたのは、今の会社が以前使っていたオフィス。次に、数年前に住んでいたマンション、その前に暮らしていた場所、十五年ほど前にアルバイトをしていた居酒屋を巡り、最後に自分が生まれた場所へ向かった。場所と記憶は結びついている。かつて働いた場所に立てば、その頃の忙しさや、試行錯誤して対応したプロジェクト、やりがいを感じた瞬間が戻ってくる。以前住んでいた街を歩けば、当時の生活や感情が、頭で考えるだけではない身体感覚として立ち上がる。
「よかったことも、悪かったことも思い出しました。大変だったことも、うれしかったことも含めて、これを自分は歩んできたんだな、と。自分の人生として引き受ける感覚がありました」
日常のなかにいると、できていないことや、まだ持っていないものに目が向きやすい。もっと能力を身につけたい。別の何かを手に入れたい。足りないものに追い立てられ、自分の人生を欠乏の側から見てしまう。しかし過去を辿った先で、佐藤さんが見つけたのは、それまで想像していなかった新しい可能性ではなかった。すでに歩いてきた時間と、すでに手にしていたものだった。
「大事なものは、もう持っていたんだと思えました。これまでの人生でよかったんだ、と。大変だったことも、過ぎてみれば自分の人生として肯定できた。だったら、これからはもう少し自由に生きてもいいんじゃないかと思えたんです」
未来を変えるために、未来だけを見る必要はない。自分が歩んできた過去を引き受け直すことで、これから起きることへの構えが変わる場合もある。佐藤さんが休暇で得たのは、人生を一度リセットする感覚ではなく、ここまでの人生ともう一度つながり直す感覚だった。
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5 復帰直後の異動を、「なんとかなる」と受け止める
休暇を終え、佐藤さんの復帰直後、異動が告げられた。それまで担当していた業務に加え、新たな役割を担うことになった。休暇と異動が、制度として組み合わされていたわけではない。佐藤さん自身も、復帰するまで知らされていなかった。以前の自分であれば、経験のない仕事を前にして、「周囲に迷惑をかけてはいけない」「きちんとできなければならない」と身構えていたかもしれない。
しかし、このときは少し違った。
「自分なら、なんとかできるだろうと思えたんです。一緒に働くメンバーとなら、たぶん大丈夫だろう、と」
休暇中に新しい知識を身につけたわけではない。能力が急に高まったわけでもない。変わったのは、不確実な出来事に向き合うときの、自分自身への信頼だった。
これまでにも、困難な時期はあった。それでも懸命に生き、どうにかここまで来た。ルーツ巡りを通して、その時間を自分の人生として引き受けられたからこそ、新しい仕事もまた、「失敗してはいけない課題」ではなく、これから自分の人生に加わる出来事として受け止めることができた。そこには、自分だけで何とかできるという過信ではなく、一緒に働く人たちへの信頼もあった。これまでの自分と、現在の仲間。その両方を信頼できたことで、佐藤さんは新しい役割へ前向きに移っていった。
現在は、休暇前と比べて落ち着いて働けているという。「どうにかなる」と思える感覚が、自分のなかにある。停滞感が完全に消えたというよりも、先が見えないことを、以前ほど恐れなくなったのかもしれない。
6 離れたからこそ、自分自身を冷静に捉えることができた
休暇を通して、佐藤さんが見つめ直したのは、自分自身の人生だけではなかった。休暇を終えて会社へ戻ったとき、自分が働いてきた場所との関係も、以前とは少し違って見えるようになっていた。
「戻ってきて改めていい会社だなと思えました。休暇を通して、少し距離が出来たからこそ自分の環境を冷静に捉えられたと思います。」
どの会社にも課題はある。毎日そのなかで働いていると、目の前の問題や改善すべき点に意識が向き、なぜ自分がこの会社で働いてきたのか、何を大切に感じていたのかが見えにくくなる。佐藤さんにとって休暇は、仕事から離れるだけでなく、会社との距離を見つめ直す時間でもあった。その距離のなかで、自分がこの会社に愛着を持っていることが、あらためて見えてきた。
「自分が所属している環境をみんなと一緒によくしていきたいと思えるようになった。それは大きかったですね」
休暇の前、佐藤さんは「このままでいいのだろうか」という停滞感のなかにいた。自分の可能性が小さくなり始め、未来がこれまでの延長線上にしかないように感じていた。しかし、過去に暮らした場所や働いた場所を巡り、自分が歩いてきた時間を引き受け直したことで、「これまでの人生でよかった」と思えるようになった。自分が働いてきた会社もまた、自分の人生を構成してきた大切な場所だったことに気づかせた。
長期休暇は、会社から人を遠ざけるものだと考えられることがある。しかし、距離を取ることが、必ずしも関係を弱めるわけではない。近すぎるために見えなくなっていたものは、一度離れることで輪郭を取り戻すことがある。自分は、どのような人生を歩いてきたのか。何をすでに手にしているのか。そして、自分はこの会社をどう思っているのか。
佐藤さんにとってのこの節目休暇は、それらを同時に確かめる時間だった。休暇によって得られたのは、まったく新しい人生の答えというよりも、これまで歩いてきた自分と、これまで働いてきた会社を、あらためて肯定する感覚だったのではないだろうか。
キャリアの停滞を感じたとき、私たちは転職や退職といった目に見える変化に答えを求めやすい。もちろん、場所を変えることが必要な場合もある。しかし一方で、いまいる場所から一時的に離れ、自分と会社との関係を見つめ直すことで、同じ場所をもう一度、自分の意思で選び直すこともある。離れた先で、別の道が見える人もいる。いまいる場所に戻りたいと気づく人もいる。キャリアブレイクは、どちらかの結論へ人を導くためのものではない。自分が何を大切にし、どこに身を置きたいのかを確かめ直すための距離である。
佐藤さんは仕事を離れ、自分自身に戻った。そして、自分の人生を確かめた先で、身を置く会社への愛着にも、もう一度出会った。休暇を終えて戻った場所は、以前と同じ会社だった。しかし、そこへ戻った佐藤さんと会社との関係は、休暇前とまったく同じではなかった。
2026年09月16日
PARTNER
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GCホールディングス株式会社
佐藤さん
中途入社後、マーケティングやメディア運営などを担当。 勤続10年の節目に取得できる会社の長期休暇制度を活用し、2週間の休暇を取得。 以前暮らしていた・働いたことのある土地を巡りながら内省する時間を過ごした。 この経験を通じて、以前から関心を寄せていた働く人を人間として見る組織文化のあり方に対し興味が深まる。
WRITER

卜部 小夜子
月刊無職, mada books運営 / 一般社団法人キャリアブレイク研究所 理事
2020年合同会社うみのなか商店設立。障害の有無にかかわらず、"誰もが健康的にはたらく暮らしができる社会"を目指し、おしゃべりできる図書室「あかり図書室」、就労事業所とともに世界に通用するブランドをつくる「北浜縫製」を運営。2022年より一般社団法人キャリアブレイク研究所に設立時理事として関わり、離職・休職をポジティブに捉える「キャリアブレイク」を文化にする活動を行う。毎月6日に発刊する『月刊無職』、"まだの時間"を楽しむ書店「mada books」の企画運営を担当。精神保健福祉士、就労福祉ワークデザイナー、産業カウンセラー。
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