Career Break Journal

自分だけだとたどり着けない「何か」を求めてーーキャリアブレイク中の人が訪れる学び舎

自分だけだとたどり着けない「何か」を求めてーーキャリアブレイク中の人が訪れる学び舎

北海道のほぼ中心、大雪山旭岳のふもとにある人口8,600人ほどの町、東川町。ここに「School for Life Compath(コンパス)」という学び舎がある。デンマーク発祥の成人教育機関「フォルケホイスコーレ」をモデルにした、大人のための学校だ。

創業者の安井早紀さんと遠又香さんは、2020年に東川町の地域おこし協力隊として活動をスタート。数泊〜1週間のショートコースから、4週間のミドルコース、10週間のロングコースまで、共同生活を軸にしたプログラムを開いてきた。2024年には町内の使われなくなった施設をリノベーションし、念願だった自前の校舎も完成させている。

この場所には、キャリアブレイク中の人がよく訪れる。フォルケホイスコーレという文化と、キャリアブレイクという文化は、相性がいいらしい。今回は、その現場を7年近く作り続けてきたお二人に、たっぷり話を聞いた。

フォルケホイスコーレとは何か

一言で言うと難しいんですよね、いつも。

安井さんはそう前置きしてから話し始めた。

フォルケホイスコーレは、19世紀のデンマークで生まれた成人教育機関だ。試験も成績もない。「人生の学校」「大人の幼稚園」「民主主義のための学校」など、呼び名はいくつもある。誕生から180年、人口600万人ほどのデンマークに約70校が存在する、社会のインフラのような仕組みだ。


面白いのは、この学校が単なる私立の教育機関ではなく、「運動」から生まれたという成り立ちだ。「大人も学ぶ必要がある」という思想のもと、労働者の自由な時間を求める草の根の運動と結びつきながら育ってきた。遠又さんは「大人になっても学んでいい、という願いを180年前から持っていた人たちがいたことに、ロマンを感じる」という。

象徴的なのが「Oplysning(オプリシュニング)」という考え方だ。人それぞれの中に灯っている炎——それが消える瞬間もあれば、ボーッと燃える瞬間もある。その炎の存在をまず信じること自体が、教育の土台にある。「それを基に国や社会をつくっていくという発想が、下支えになっている」と安井さんは話す。

2025年、デンマーク文化省が実施した「デンマークの無形文化遺産」を選ぶ国民投票では、約6万人が投票し、フォルケホイスコーレがホットドッグ屋台やハンドボールを抑えて1位に選ばれ、デンマーク国内の無形文化遺産リストに登録された(UNESCOの国際的な登録は今後申請予定の段階)。「文化にしたい、というより、欠かせないに近いのかな」。安井さんの言葉が印象的だった。

自分だけだとたどり着けない「何か」を求めて

では、なぜキャリアブレイク中の人がCompathに来るのか。

「一番わかりやすいところで言うと、人と交わりたい、のかもしれない」と遠又さん。ただし、それだけでは説明しきれない。「自分の中でぐるぐるしていてもたどり着かないけど、ちょっと触媒があって、誰かと対話してみる」。そこに惹かれる人が多いという。

この「触媒」という言葉が、二人の会話に何度も出てくる。近い言葉で言い換えると「きっかけ」が近いかもしれない。人との出会いもそうだし、たっぷり用意された時間もそう。「一人で時間を取ろうとすると、あれやこれやと言い訳や雑事が浮かんできてと結局うやむやになってしまうけど、一ヶ月なら一ヶ月、自分と約束したこと自体が触媒になる」。土地の風土や、共同生活そのものも触媒の一つだと二人は言う。

「自分だけだとたどり着けない何かがありそう」——安井さんはそう表現した。ではその「何か」とは何か、と重ねて聞くと、二人は口を揃えて「決まっていない」と答えた。「ここに行きたい、というのが明確にあるわけじゃない。課題解決をしたいわけでもない」。ただ、今思いつくまっすぐな道ではなさそうだ、ということだけはわかっている。そんな状態の人が、Compathにはやってくるという。

一時的な逃げ場になってしまわないのか

Compathが大切にしているのは、「こういう人になってほしい」という規定された目標ではない。「そもそも今の社会構造ってなんでこうなっているんだっけ」「自分は何が好きだったんだっけ」——なんとなく当たり前だと思っていたことを、パズルのように解きほぐしていく作業。それを、一ヶ月なら一ヶ月かけて、さまざまな触媒とともに行っていく。

ここで、あえて聞いてみた。それは一時的な逃げ場、一時的な救いにすぎないのではないか、と。

二人の答えは、迷いを隠さないものだった。「そのキャリアブレイクというもの自体が、一時的な救いでしかない可能性をはらんでいる、というのはまだ『そうだよな』という部分もある」。その一方で、「人はそこから好転していく力を持っている、というのも信じている」。相反する二つの感覚が、同時に存在しているという。

何十年もフォルケホイスコーレで教えてきた先生の「人間は、立ち止まって自分を整えて、他者の中で暮らしながらいろんな触媒で世界が広がっていくと、もう一度つながり直したいと思うものだ」という言葉を信じて、Compathを続けているという。

「無職です」から「キャリアブレイク中です」へ

キャリアブレイク研究所が活動を始めてから、Compathに変化があったという。

この一年でググッとキャリアブレイクと言う人が増えたね、というのは私たちの共通理解としてある。

数年前までは、「休職中です」「無職です」と、状態(ステータス)として自分を説明する人が多かったという。

働かないということへのハードルの高さがあったんだな、と思ったら、それがすっと『今、前向きな感じでキャリアブレイク中です』という人が増えてきた。

名前がなかったものに、名前がついた。それによって、自分の状況を堂々と名乗れるようになる。

それを表現することで、コミュニティ内で『それって何なの?』という会話が生まれて、広まっていく。すごい小さいけど大きいムーブメントだと思う。

と安井さん。

文化になることの功罪

キャリアブレイクが文化として広がっていくことについて、良い面もある。ただ、功があれば罪もある。文化をつくる責任として、功罪の両面に目を向けておきたいと思っている。

Compathの二人から良い面としてまず挙がったのは、名乗れることの効能だ。 前述の通り、「無職です」から「キャリアブレイク中です」に変わったことで、堂々と自己紹介できる人が増えた。名前がつくことで、社会の中に自分の居場所ができる感覚。これは二人がもっとも強く実感している変化だという。

一つの懸念として語られたのが、個人の変化だけで終わることへの警戒感だ。「社会は変わらないけど、あなたたちが良い人間になってくれ、というスタンスだと嫌だ」と遠又さんは言う。問い直した結果、社会も、人間も、地球も一緒に変わっていってほしい。キャリアブレイクが、個人の内面を整える自己啓発の道具として消費され、社会の側は変わらないままになってしまうとしたら——それは二人がもっとも避けたい落とし穴だという。

いま社会は個人主義だ。地元を離れて都会に出るのも自由。職業も選べる。個人の選択が尊重される。それ自体は素晴らしい。だからこそ、責任も個人に向いている。ただの個人主義の極みとして、キャリアブレイクが消費されることは、望んでいないかもしれない。

また、定義が狭まりすぎることへの違和感も持っていた。遠又さんはこんなエピソードを話してくれた。会社を辞めずに、承認を得て一ヶ月休みを取った参加者がいた。彼女は会社が好きで、辞める気はない。ただ、考える時間が欲しかった。ところが「キャリアブレイクは仕事から離れていることが条件」という定義に照らすと、彼女の休みは「ただのバケーション」になってしまう。「でも、キャリアブレイクしているからキャリアブレイクなんじゃないの?とも思う」。日本はデンマークほど、休むことに対して国の支援が手厚い構造ではない。会社に頼る、国に頼る、いろんなグラデーションで広がっていってほしい、というのが二人の願いだ。

前提を疑いたい企業へも、少しずつ

Compathは今、企業向けの取り組みも始めている。ただし、まだ手探りの段階だと二人は率直に語る。

企業のものは、チームで一旦立ち止まって、前提を揺るがす時間を取ってもらう、という感じ。

個人のキャリアブレイクというより、チームや組織単位での「問い直し」だ。まだまだ発展途上ではあるが、ニーズの手応えは感じているという。

象徴的なのは、一人だけが変わって職場に戻ることの難しさがあることだ。「一人だけ変わって戻るのって結構大変な気がするし、それが不満につながっちゃう」。だからこそ、チームで一緒に離れて、一緒に問い直し、一緒に戻ってくることに価値がある。「あの時できていたことが、なんでうちの会社では今できないんだろうね」——そんな会話が日常でできる関係性を持ち帰れることが、組織にとっての価値ではないか、と二人は考えている。

違う場所で、同じことをしている人へ

同じことをしている、というのは、フォルケホイスコーレを運営しているという意味ではない。見た目は違うけれど、同じことをしている人。

企業で人と向き合っている人事の方。移住者を迎える立場の方。サードプレイスを運営している方。それぞれ違う場所で、違う言葉で、同じことをしている人がいるはず。

そういう人たちと、本当はこういう時代が来たら嬉しいよね、って話せる人を探している。

デンマークには、様々な立場の人が一堂に集まり、飲みながら対話する「デモクラシーフェスティバル」という祭りがある。「キャリアブレイクフェスティバル、みたいなのがあっても面白いかも」。まだ思いつきでしかないと二人は笑うが、違う場所で同じようなことをやっている人たちが、一度顔を合わせて「これは何なんだろうね」と語り合う場——そんな機会があれば、真っ先に手を挙げたいという。

もしこの記事を読んで、同じ世界観で社会をつくっている人がいれば、ぜひ連絡して繋がらせてもらって、共に世界をつくっていく仲間になっていただきたい。

[写真]

サムネイル・代表プロフィール:
畠田 大詩

本文:
1枚目:鳥村 鋼一
3,4,5枚目:畠田 大詩
6枚目:和田 北斗

2026年08月27日

PARTNER

School for Life Compath

School for Life Compath

(左)遠又香/(右)安井早紀

安井早紀(やすい・さき) School for Life Compath 共同代表。神奈川県生まれ、慶應義塾大学文学部卒。幼少期をイギリスで過ごす。大学在学中はNPO法人Teach For Japanで活動。卒業後は株式会社リクルートに入社し、6年間人事として地方・海外での大学生向けインターンプログラムの構築などに従事。2018年に島根県へ移住し、地域・教育魅力化プラットフォームに参画、「地域みらい留学」事業の立ち上げに携わる。2020年4月、株式会社Compathを共同設立し、同年7月に北海道東川町へ移住。 遠又香(とおまた・かおる) School for Life Compath 共同代表。東京都生まれ、慶應義塾大学総合政策学部卒。15歳のとき、単身でアラスカの人口2,000人の村へ留学。大学時代は高校生・大学生向けのキャリア教育を行うNPO法人で活動。卒業後は株式会社ベネッセコーポレーションで高校生向け進路情報誌の編集者を務めた後、外資系コンサルティング会社に転じ、企業の働き方改革支援プロジェクトや教育系NPO法人へのコンサルティングに従事。2020年4月、株式会社Compathを共同設立し、同年7月に北海道東川町へ移住。

WRITER

北野 貴大

北野 貴大

代表理事 / 一般社団法人キャリアブレイク研究所

2014年にJR西日本グループに新卒で入社し、都市開発に従事。妻のキャリアブレイクをきっかけに、キャリアブレイク中の人のための宿「OKAYU HOTEL」を2021年にスタート(現在は奈良で運営中)。退職後、一般社団法人キャリアブレイク研究所を理事2人と共に2022年に設立。2023年より、大阪公立大学大学院経営学研究科付属イノベーティブシティ大阪ラボ特別研究員。

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