自分を「満たす」とややこしい問題がほどけていく──世界のルールを見つめる人が語る主体性の育ち方

世界中の政府や国連機関、NGOが発表する一次情報を集め、人権や環境をめぐる「世界のルールの潮目」を可視化するツール、RuleWatcher(ルールウォッチャー)。これを開発・運営しているのが、神戸発の会社、株式会社オシンテックだ。
今回お話を伺った小田一枝さんは、同社で「番頭」という肩書きを持つ。創業者である夫の小田真人さんとともに会社を切り盛りし、組織づくりから広報まで、会社のあらゆる場所に顔を出す存在だという。オシンテックは階層も評価制度もない、いわゆる「ティール組織」として運営されており、その独特な運営スタイルは経営学の論文にも取り上げられている。
階層を持たない組織運営と、世界のルールが形成される現場を日々ウォッチしている人が、なぜ「キャリアブレイク」という、個人が立ち止まる文化に関心を持つのか。話は人間の内側の話につながっていった。
主体的であることを、誰も教えてくれない社会
うちの会社は基本的に指示命令系統がないんです。そういうと驚かれるんですけどね、メンバーはそれぞれロール(役割)があって、いま何をしなければいけないのかは主体的に考えて仕事を進める。そういうスタイルなんです。
指示命令系統がないと聞くと有機的でカッコイイなと感じる一方で、いざ自分が働くとなると、多少のミッションや、指示命令があった方が落ち着く気もする。主体性を持たないと働けないということに、多少の息苦しさを感じるのは、私が「言うことを聞く」といった教育を受けてきたからかもしれません。
でも、そのやり方が心地いい人ばかりじゃないんですね。ちゃんと指示を貰ったほうが動きやすい人もいる。だからうちの場合は、細かい指示を貰うより主体性をもって働きたいという人に合わせた設計なのかもしれません。」
「主体性」とは何なのか。
主体的であるということを、少なくとも日本人はほとんど考えないまま大人になる。言葉だけは知っているんですけどね。誰にもちゃんと教えてもらっていないじゃないですか。どちらかというと、いつも誰かの期待に応えようというほうが強い。それは社会を安定させる上でめちゃくちゃ重要で、全体の調和には役だっているとは思うんですけどね。
震災のときにコンビニで誰も暴動を起こさず、きちんと行列をつくる。そうした社会の安定は、他者目線があるからこそ成り立っている、と一枝さんは言う。けれどその裏側には、「わがままであることに対する、謎のやっちゃいけない感」がある。
だから、どこかで内なる自分が悲鳴を上げたときに、何が良くなかったのかはすでによくわからなくなっていることが多いんだと思うんです。小中高大と進み、就活のときに突然訊かれる『あなたは何がしたいんですか』にはすでに素直な答えが出てこない。なんらか上手くそこを乗り越えて、いざ仕事につく。そして、頑張り続けて内なる自分がNO!と言い始め、不調になってくる。周囲も『あなたもっとわがままでいいのよ』と言ってくる。しかしそう言われても、わがままなやり方がもう、わからなくなっているんですよ。
「今日はこういう気分なの」と言えること
一枝さんは、主体性の手触りを、具体的な場面で語ってくれた。
何かわがままを言ったとする。怒って何かを言ったとする。泣いているとする。そんな姿は一見すると子供っぽく、感情のコントロールができていないように見える瞬間だ。けれどそのときに、その自分は内面と一致しているのだから「今日は私はこういう気分なの」と言えたらいい。自分の内外の一致をちゃんと認めることになるのだから。
それって、自分にオッケーするっていうか。『わーってなっちゃってるの、今日は』みたいな。そういう状況でいて大丈夫な感じが、家族や友達の前でぽん!と出せたら、本当は一番いいんですよね。
気分というのは、しょっちゅう変わるものだ。この前までいいと思っていたものが、もう評価できなくなっていたり、こうしよう!と決めたことが色あせてしまって続かなかったり。「始めたらとことん頑張る」「言行一致」がデフォルト化しやすい日本だと、前と言っていたことと違うことを言うのはとても抵抗感がある――私たちはいつも頭の中で、「前に言ったこと」との比較を動かしている。本音の自分は、もっと別のところにいることが多いのに。
ある程度、本音に近いところを出して大丈夫な場があるといいなあって思うんです。頑張らなくていい。泣きわめいている自分も、今日はそういう自分だと思える。
自分が自分を大事にすることが、出発点
この感覚は、人がどう育っていくかという話にもつながっていく。一枝さんが語った発達のイメージは、とても具体的だった。
赤ちゃんは、まず保護者に大切にしてもらう。そこで「自分は尊い存在なんだ」と自分のことを思えるようになる。その土台がしっかりできたあとに、「こんなふうに大切にされている自分と同じく、あの子も大切な存在なんだ」という目線が生まれ、その子のことも自分は大切にしようと思うようになる――社会への目線も、そうやって育っていく。
大事にされている感じ、という出発点を作るのって、結構難しいんですよね。親にとっては、その子が”年齢相応”に何かができないと不安だし、たとえば公共の空間なんかだと”迷惑をかけないように”というプレッシャーがとっても大きい。子育て本には書いてはあるんですよ”あるがままを大事にしましょう”って。アタマで分かってても態度はなかなかそうできない。私も三人の子育てをしてきましたが、十分にできたのかどうか、まだ自信がないですね。
人と比べられたり、焦らされたりして、大事にされている感覚を十分に得られないまま、社会的な要求に応えることが先にやってきてしまう。小さな時期の滋養が、そのあとの主体性を創るのではないかと、一枝さんは続けた。
ああ、私もその部分が欠損しているな、って思うことがあります。でもね、不思議なもので、その欠けてしまった部分って、自分で認めてちゃんと養生すれば内側から自然に治るんじゃないかと思うんです。ほら、ちょうど初期の虫歯が唾液で治っちゃうみたいに、体の中にお医者さんはいるんですよね。
自分を満たすと、相手を尊重できる
自分が大事。それは当たり前です。で、向こうも大事。当たり前です。私、あなた、それ以外の人々、みんなそれぞれに大事があるってことがわかったときに、お互いを尊重し合いながら、そのベストバランスはどこにあるんだろうって、一段階上から一緒に探っていける。
日本人はたまたまよその国より社会が安定して見えるけれど、それは個人の我慢の上に成り立っているだけ。一方ほかの多くの国々は、自己主張のぶつかり合いで混乱しているのではないか。どちらも、まだ「本当の意味での主体性(私は大事・あなたも大事)」に到達していないのだという。
自分が自分を大事にするってことが、出発点なんだと思うんですよ。
キャリアブレイクという時間は、その出発点を作り直す時間なのかもしれない。自分を満たすことは、わがままに閉じていくことではない。むしろ、自分が満たされてはじめて、向こうにも自分と同じだけの「大事」があるのだとわかる。主体性とは、自分を尊重することの先に、自然と生まれてくる、相手への尊重のことなのではないか。
なんか、『自分から始めよう』みたいな感じはあるんですよ。
一枝さんの、確信のこもった言葉だった。
2026年07月29日
PARTNER

株式会社オシンテック
小田一枝
2018年創業のオシンテックに、創業時からメンバーとして参加。「番頭」という肩書きで、組織づくり・広報・教育事業など、会社のあらゆる領域に関わる。同社が開発・運営するRuleWatcherは、環境や人権をめぐる世界100か国・300万件以上の政府・国連機関・NGOの一次情報を自動収集・可視化するプラットフォーム。ユネスコ傘下のIRCAI「Global Top 100」選出、国連「情報社会世界サミットアワード」受賞など、国際的な評価を受ける。B Corp認証の取得にも携わり、階層も評価制度も持たないティール組織としての経営スタイルは経営学論文にも掲載。
WRITER

北野 貴大
代表理事 / 一般社団法人キャリアブレイク研究所
2014年にJR西日本グループに新卒で入社し、都市開発に従事。妻のキャリアブレイクをきっかけに、キャリアブレイク中の人のための宿「OKAYU HOTEL」を2021年にスタート(現在は奈良で運営中)。退職後、一般社団法人キャリアブレイク研究所を理事2人と共に2022年に設立。2023年より、大阪公立大学大学院経営学研究科付属イノベーティブシティ大阪ラボ特別研究員。
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