「働こう」ではなく「立ち止まっていい」。北九州市が選んだ雇用促進のかたち

北九州市が令和7年度から公募している「女性のコミュニティ形成支援事業」。女性同士の対話の場をつくること、ロールモデルとの出会いを設計すること、そして最終的には就業支援につなげること。これを掲げているのは雇用・産業人材政策課である。
その公募に「立ち止まること」をテーマとして持ち込んだのは、北九州市八幡西区で企画PRの会社「株式会社三角形」を営む福岡佐知子さんだ。
「働け働け」を掲げるはずの雇用促進の事業に、なぜ真逆に見える「立ち止まる」というテーマを仕込んだのか。そして、行政はそれをどう受け止めたのか。福岡さんに話を聞いた。

行政が気づいていた、見えにくい課題
福岡さんが最初にこの公募を見たときの感想は、実は好意的なものばかりではなかったという。
行政がコミュニティ作りっていうのを手がけようとしてるっていうのにちょっと驚きましたね。コミュニティっていうのは、まあ言ったら自然発生というか、公が、何か器を用意してっていうものではないっていうふうな認識があったので。
行政の仕事は「マイナスをゼロに持っていくこと」——福岡さんはそう捉えている。だとすれば、コミュニティ不足はそもそも行政が扱うべき「マイナス」なのだろうか。半信半疑のまま、福岡さんは事業に向き合うことになる。
その答えが見えたのは、一年やってみてからだった。
いろんな立場の女性同士が繋がるっていうことが、実はその現象自体がマイナスのところにあった。女性が孤立していた。それが課題だったっていうのに、気がついたのがもうやってみてからです。
事業を通じて多くの女性と出会うなかで、あることに気づかされる。
いかに隣の人と本当の話をすることが難しいのか、っていうのに気が付きましたね。
仕事、結婚、出産、パートナーや子どものこと、親のこと——三十代後半から四十代の女性には、次々と判断を迫られる出来事が重なる。三十歳あたりまでは、大学に行くか、就職するか、多くの人がある程度同じような道を歩む。しかしその先で、進む方向は一気にばらける。
「いろんな方向に行くから、横が見えないみたいなところが不安になるところなんじゃないかな」と福岡さんは言う。「なんか、同じようなことで悩んでいる人かどうかがわからなくって。孤立化していくっていうところ」
雇用・産業人材政策課が本当に向き合っていたのは、求人票の数ではなく、この「つながりの余白のなさ」だったのかもしれない。

なぜ、キャリアブレイクだったのか
福岡さんの会社名「三角形」は、「参画」からきている。サービスを受け取るだけの「参加」ではなく、自分で選び、主体的にそこにいる「参画」する人を増やすことをミッションに掲げている。
参加ってやっぱり、まあ他人事というか。参画っていうと、主体的に自分がちゃんとここにいて、自分が選ぶことができる、っていうのが参画だと思ってるんですね。
この公募を見た瞬間、福岡さんは「コミュニティ作りの事業だったらもううちしかない」と思ったという。十年近く商店街を中心にコミュニティづくりを試行錯誤してきた経験を、五回のイベントで終わらせず、本当に続いていくコミュニティとして提供できる——そう確信していた。
ただし、「主体的に参画できるコミュニティ」を作ろうとしたとき、なぜその核に「キャリアブレイク」というテーマを選んだのか。
一番主体性が出るんじゃないかと思った。働いていると、もう、エスカレーターみたいに止まることなく景色が変わっていくんですよね。『止まる』が唯一、力強いメッセージだと思ったんです。自分の決断もそうですし、周りへの影響もそうですし。
とはいえ、雇用・産業人材政策課への提案として「立ち止まる」を掲げることには、相応の迷いもあった。
雇用・産業人材政策課に対する提案でキャリアブレイクから始める。『えー!』みたいな感じになったらどうしようかと思って。自分の、こうなったら楽しいなって思う気分と、相手を受け入れてくれるのだろうかって思うところが、結構こちゃ混ぜだった気がします。
一か八かの提案だった。
60人が集まった初回、そして男性職員の言葉
福岡さんの提案は通り、コミュニティを立ち上げるキックオフイベントには約60人が参加した。初回では、キャリアブレイク研究所の代表である北野貴大によるセミナーと参加者による交流会が開催された。年代は20代から50代まで幅広く、中心層は30代から40代。多くが「悩み時」にいる人たちだった。

セミナーを聞き交流会が終わり、参加者から聞こえてくる声に、福岡さんは手応えを感じたと言う。
みんな持ってた、そのネガティブな感情——休んでいることに対しての罪悪感だったりとか——それが、秘めてなくてもいいんだって思えた。これは別に自分だけの罪悪感じゃなくて、みんな持ってたりするんだ、私だけのものじゃないっていうのを出せたことが、すごくいいんじゃないかなと思った。
福岡さん自身も、このプロジェクトを通じて初めて人前で自分のキャリアブレイク経験を語ったという。やりたかった仕事をやむを得ず辞め、その後起業に至るまでの時間を、ずっとネガティブに捉えていた自分がいたと振り返る。「自分っていう車のハンドルを握れるようになった」という実感を、企画を通じて参加者と分かち合いたかった——その思いが、初回イベントでの自己開示につながっていた。

自分で選ぶっていうところに、つながっていくんだと思うんですよね。自分で自分のキャリアとか、どこに勤めたいとか、そのために何をするとかっていうのって、自分で選ぶ必要があると思ってるんですよね。その中のとても大切な部分に、やっぱり自分で辞めるとか休むとかっていうことの選択肢を持ってないと、多分反対側のこの進むっていうこともできないんじゃないか。
個人的には手応えも感じてはいたものの、行政の担当者から聞こえてきた言葉は意外なものだった。
私がその想像してなかったのが、女性の担当者は共感してくれるんじゃないかなと思ってたんです。けど、一番『伝わるかな、大丈夫かな』って不安に思っていた男性の職員が、なんかすごく良かったって。
その職員から「これこそが雇用促進の中に必要なことなんじゃないか、本質的なことだ」という声も聞けた。福岡さんにとって、もっとも印象深い瞬間だったという。
「北風と太陽」——行政ができる、もうひとつの雇用促進
最後に、この一年をやってみたからこそ見えてきた、行政がキャリアブレイクを扱う意義について尋ねた。
雇用促進をしていくというのは行政の大きなミッションである。それに対して行政がこれまで得意としてきたのは、直接的なアプローチだった。
「こういう仕事がありますよ」「こういう働き方をしたら働けますよ」という、具体的な手段を示して背中を押すやり方だ。福岡さんは、こうしたアプローチを否定はしない。ただし、それだけでは足りないと考えている。
「休んでいたことは、恥ずかしいことでも遅れでもない。それで大丈夫なんだ」——そう思える空気を本人の周りに先につくること、もっと手前のことだ。
立ち止まっても大丈夫と言われるからこそ、次のことを考えようと思えるはず。
そう語ったあとに、福岡さんはこう続けた。
北風と太陽っていう例え、やっぱすごいなと思うんですよね。雇用を促進する、主体的に働いてもらうために、太陽みたいなアプローチするのは有効じゃないかな。
コートを脱がせるのは、強い風ではなく、じんわりとした日差しだった——雇用促進という「北風」の役割を担ってきた行政が、キャリアブレイクという「太陽」のアプローチを併せ持ち始めている。北九州市の一年は、その小さな実例になった。
2026年08月17日
PARTNER

北九州市「女性のコミュニティ形成支援事業」
福岡佐知子
株式会社三角形 代表取締役。北九州市八幡西区・黒崎を拠点に、PR・企画、まちづくりブランディングを手がける。シャッター街だった「寿通り商店街」の再生プロジェクトに参画し、空き店舗率6割からゼロを実現。空き店舗の2階をシェアハウス化する株式会社寿百家店も運営し、出版事業にも取り組む。2025年度、北九州市「女性のコミュニティ形成支援事業」(ウーマンワークカフェ北九州)をPlanning(SHE)として受託。
WRITER

北野 貴大
代表理事 / 一般社団法人キャリアブレイク研究所
2014年にJR西日本グループに新卒で入社し、都市開発に従事。妻のキャリアブレイクをきっかけに、キャリアブレイク中の人のための宿「OKAYU HOTEL」を2021年にスタート(現在は奈良で運営中)。退職後、一般社団法人キャリアブレイク研究所を理事2人と共に2022年に設立。2023年より、大阪公立大学大学院経営学研究科付属イノベーティブシティ大阪ラボ特別研究員。
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