
読みもの
2026.10.19私の「むだチャレ」
#3穴をふさいだ後も、続く旅
(全8回)
執筆:あやこ

読みもの
#3穴をふさいだ後も、続く旅
(全8回)
執筆:あやこ
プロローグ
もしかしたら、人からは「無駄」と言われるかもしれないこと。
でも自分の心が、どうしても見過ごせないこと。
見過ごせないから、「やっちゃった」こと。それが、私の「むだチャレ」。
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あのフロー状態は、何だったんだろう。
何にも考えていないのに、のびのびと身体が動き、目の前の景色が変わっていく。
暑い夏の盛りに、よく冷えた麦茶をごくごくと飲み干したあとのような、不思議な余韻が残っていた。
その後、私は自宅の壁塗りを遂行した。
中途半端に塞がれたままだったあの穴たちは、めでたく「風情」で上書きされた。
自分で塗った壁は、とっても「かわいい」ものだった。
壁を見れば、あれだけスウ、の後はいじくらない、って覚えて帰ってきたのに、ここ、つい撫でちゃったなー、なんて作業の記憶まで、残っている。
だから、私は人と会うたびに、自分の近況としてこの漆喰体験を嬉々として語った。
フロー状態に入ること。
自分で塗った壁は、かわいく思えること。
ただ面白がって聞いてくれる人もいたが、「それはあなただから出来たことでしょう?」という人もいた。私はこの「あなただから」に、少しの引っかかりを覚えた。
たしかに、ワークショップでは「漆喰塗るの、本当に初めてですか?」と疑われたほど、なぜだか最初から上手にできた。
思えば、昔から手先が器用で、だいたい思った通りに線を描けるし、粘土の形も決められるし、ハサミで切り抜けるような子どもだった。
そんな私だから、漆喰も難なくこなせた、と?
私はここを、掘り下げたい。
いやいや自分は不器用なんで(漆喰なんて、塗れませんよ)、と言う人に、でも私は球技全般、練習しても全く上達できなかったし、車の運転に至っては絶望的に下手ですよ、と返すと、それとこれは全然違うでしょう!と驚かれた。
どちらも自分の身体を思ったように動かす、という点では同じように思えるのだが、そうではないらしい。
ふとここで、やたら手が大きい、タラコ唇のおじさんが脳裏をよぎる。
ペンフィールドのホムンクルスだ。
中学だか高校の教科書で見たとき、「私のことじゃん」と思ったものだ。手先がやたらと器用な人間。
(※実際のホムンクルスは、脳に、身体のどの部分がどれだけ割り当てられているか?という「配分」と「構造」を説明するための図である)
しかしこれでは、私が漆喰はうまく塗れても、実家の車をぶつけて凹ませた理由を説明できない。
誰にだって、同じようなおじさん(ホムンクルス)がいるからだ。
別の視点から考えてみよう。
手先が器用な人間はそもそも、手を動かすことが好きだ、という仮説を立ててみる。
自分の手を動かして、何かを変える(作る)。原始的な営みのもたらす、素朴な喜び。
その喜びに惹かれて、ひたすら手を動かしてきた結果が、「器用」になったのだとしたら。
対して運動や運転は、自分だけでは完結しない。つねに周囲の状況を読み取り続け、それに合わせて身体感覚を更新する営みだ。
手先の器用さが「バットの素振り」だとしたら、運動や運転は「実戦」くらいの開きがある。
開きはあるけど、それは上下や優劣ではない。
ただ、違うね、というだけだ。
それが、「できるあなた / できない私」という二項対立に回収されていたから、私はおや?と思ったのだ。
思うように身体を動かすことをこの「できる / できない」という「能力」で語れば、鍛錬して上達させたり、苦手も克服したりできるもののように感じる。でも逆に言えば、能力という視点ではできない理由、上達しない理由を「自分のせい」にしてしまう。これは厳しくて、辛い。
おじさん(ホムンクルス)が教えてくれてたのは、そもそも自分とは、どう身体を使いたい個体なのか?ということじゃないのか。この自己理解が最初にあって、私たちは何を手に取るのか、それを素振りし続けるのか、それとも実戦に進むのか、はたまた…にただ、分かれているだけなのでは。
それでいくと、私は己の手を使い、目の前の素材をどうにかこうにかしていくのが、本当に性に合っているようだ。
鉛筆を握り、粘土をこね、ハサミを使っていた、あの頃。
月日が流れ、漆喰にまで手を出しちゃった今、私の自己イメージはホムンクルスを超えて、シオマネキになっている(利き手に特化した)
次号に続く。
●むだチャレとは??
周りに話したら「それやる意味あるの?」と言われたり、自分的にもやっても無駄かもと思うことってありますよね?
「無駄」や「無意味」と考えてしまうのは、損得や効率といった ”思考モード”が発動してるから。
けど、「なぜか気になってしまう 」「無性に惹かれる 」「どうしてもやってみたい」
コスパやタイパのことは考えずに、”直感”や”感性”に突き動かされた体験を綴ります。



