よりみち日記 第1回私は私を許したい担当・kei

読みもの

2025.08.01

よりみち日記 
第1回
私は私を許したい
担当・kei

『よりみち日記』は、いつもと違う道を歩いてみた日の景色、思い立って出かけた旅、人生のまわり道など。

 誰かの日常のとなりにある、寄り道の記録を綴ります。第1回は月刊無職6期生の無職ライターkeiさんです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「寄り道」。仕事帰りに立ち寄ったカフェや、散歩中に見つけた古書店。友達と結託して抜け出した英語の授業。勢いで新幹線に飛び乗った一人旅。人によって、寄り道のイメージは多種多様だ。私にとっての寄り道は、休職していた1年間。この1年のおかげで、私は今、心から自分の人生を楽しんでいる。


両親は昔から厳しくて、何をするにも口を出してきた。良い友達と遊び、良い大学に進学して、良い会社に就職するのが人生の幸福だと信じて疑わないタイプ。高校卒業までピアノの教則本みたいな人生を送り、大学で1人暮らしを始めてようやく自由を手に入れたと思った。ただ、自分の好きなことを選び取っているように見えても、その選択の根底には両親の教えを守っている自分がいて、それは就職してからも呪いのように付きまとっていた。良い成績を取らなければならない、良い先輩・後輩でいなければならない。客先を奔走しては昼夜問わず勉強し、良い人間であり続けた。そんな教えを守るうちに、徐々に眠れなくなってきて、ほとんど1日中仕事をするようになった。自分が1日のどこにいるかわからず、時間に無視されているような気さえした。そして、心身をすり減らした私は、絶対になりたくなかった人生の敗者になってしまった。


くたくたのボロ雑巾になった私は、上司からの勧めで休職し、リワーク施設へ通うことになった。リワークとは、精神的な不調で休職した人が職場復帰を目指すための支援プログラムのこと。学校みたいに時間割が組まれていて、読書感想文を書いたり計算問題を解いたりした。これが本当に辛くて、「何で私がこんな小学生みたいなことをしないといけないんだろう」と、悔しさや情けなさで泣いた。ただ、さまざまなプログラムを受けるにつれて、徐々に「自分をがんじがらめにしているのは自分」だと気づき始めた。両親の教えに従っているはずだったけど、最終的に選び取っているのは自分しかいなくて、厳しく追い詰めていたのは結局私の方だった。


それに気づいて以降、粛々と計算問題を解いて自分の癖を理解し、アンガーマネジメントを学んでは自己分析に勤しんだ。私は私を許したい。担当カウンセラーとの面談時、私は「会社を辞めて、ライターになろうと思います」と申告した。ところが、「不安定な仕事はやめた方が良い」とアドバイスされた。それはそう。未経験で独学でフリーランスなんて不安定でしかない。しかも、ここはリワーク施設。職場復帰が目的なのに、前向きに退職を勧めるなんてできないだろう。しかし、この時の私は「自分を許す」準備ができていた。


約1年の休職期間を経て、私はフリーライターになった。ありがたいことに、今は6つのメディアで仕事をさせてもらっている。この選択に、両親は「若いうちに何でも挑戦したらいい」との言葉をかけてくれた。昔みたいに大反対されるかと思ったら、価値観が180度変わっていた。私が私を許したように、両親の考え方も時間の経過と共に変化したのかもしれない。約1年の寄り道を経て、私は今、心から自分の人生を楽しんでいる。


街中を歩くと、私はよく細い方の道を選ぶ。二股に別れれば細い方へ。四つ角ならより細く暗い方へ。そうして辿り着くのは大抵、最果てみたいな路地。でも、そこには確かに何かがある。閉店した純喫茶ライオン。視界の端に映り込むラブホテル。ドアが開いたままのゴミ置場。中には乱雑にゴミ袋が打ち捨てられている。通り過ぎる人は皆どこかへ消えてゆき、行き先を知ることはできない。来た道を戻ることはあっても、あの時の風景は二度と戻って来ず、ただその時の残像を追いかけるばかりだ。その一瞬に置き去りにされたような感覚を味わうのも、寄り道の醍醐味なのかもしれない。


著者

ヨリミチプレス/キャリアブレイク研究所

ありたい自分になる。

ありたい自分を探す。

はたらくグラデーションをことばに綴る編集室。

よりみち日記 第1回私は私を許したい担当・kei

読みもの

2025.08.01

よりみち日記 
第1回
私は私を許したい
担当・kei

『よりみち日記』は、いつもと違う道を歩いてみた日の景色、思い立って出かけた旅、人生のまわり道など。

 誰かの日常のとなりにある、寄り道の記録を綴ります。第1回は月刊無職6期生の無職ライターkeiさんです。


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「寄り道」。仕事帰りに立ち寄ったカフェや、散歩中に見つけた古書店。友達と結託して抜け出した英語の授業。勢いで新幹線に飛び乗った一人旅。人によって、寄り道のイメージは多種多様だ。私にとっての寄り道は、休職していた1年間。この1年のおかげで、私は今、心から自分の人生を楽しんでいる。


両親は昔から厳しくて、何をするにも口を出してきた。良い友達と遊び、良い大学に進学して、良い会社に就職するのが人生の幸福だと信じて疑わないタイプ。高校卒業までピアノの教則本みたいな人生を送り、大学で1人暮らしを始めてようやく自由を手に入れたと思った。ただ、自分の好きなことを選び取っているように見えても、その選択の根底には両親の教えを守っている自分がいて、それは就職してからも呪いのように付きまとっていた。良い成績を取らなければならない、良い先輩・後輩でいなければならない。客先を奔走しては昼夜問わず勉強し、良い人間であり続けた。そんな教えを守るうちに、徐々に眠れなくなってきて、ほとんど1日中仕事をするようになった。自分が1日のどこにいるかわからず、時間に無視されているような気さえした。そして、心身をすり減らした私は、絶対になりたくなかった人生の敗者になってしまった。


くたくたのボロ雑巾になった私は、上司からの勧めで休職し、リワーク施設へ通うことになった。リワークとは、精神的な不調で休職した人が職場復帰を目指すための支援プログラムのこと。学校みたいに時間割が組まれていて、読書感想文を書いたり計算問題を解いたりした。これが本当に辛くて、「何で私がこんな小学生みたいなことをしないといけないんだろう」と、悔しさや情けなさで泣いた。ただ、さまざまなプログラムを受けるにつれて、徐々に「自分をがんじがらめにしているのは自分」だと気づき始めた。両親の教えに従っているはずだったけど、最終的に選び取っているのは自分しかいなくて、厳しく追い詰めていたのは結局私の方だった。


それに気づいて以降、粛々と計算問題を解いて自分の癖を理解し、アンガーマネジメントを学んでは自己分析に勤しんだ。私は私を許したい。担当カウンセラーとの面談時、私は「会社を辞めて、ライターになろうと思います」と申告した。ところが、「不安定な仕事はやめた方が良い」とアドバイスされた。それはそう。未経験で独学でフリーランスなんて不安定でしかない。しかも、ここはリワーク施設。職場復帰が目的なのに、前向きに退職を勧めるなんてできないだろう。しかし、この時の私は「自分を許す」準備ができていた。


約1年の休職期間を経て、私はフリーライターになった。ありがたいことに、今は6つのメディアで仕事をさせてもらっている。この選択に、両親は「若いうちに何でも挑戦したらいい」との言葉をかけてくれた。昔みたいに大反対されるかと思ったら、価値観が180度変わっていた。私が私を許したように、両親の考え方も時間の経過と共に変化したのかもしれない。約1年の寄り道を経て、私は今、心から自分の人生を楽しんでいる。


街中を歩くと、私はよく細い方の道を選ぶ。二股に別れれば細い方へ。四つ角ならより細く暗い方へ。そうして辿り着くのは大抵、最果てみたいな路地。でも、そこには確かに何かがある。閉店した純喫茶ライオン。視界の端に映り込むラブホテル。ドアが開いたままのゴミ置場。中には乱雑にゴミ袋が打ち捨てられている。通り過ぎる人は皆どこかへ消えてゆき、行き先を知ることはできない。来た道を戻ることはあっても、あの時の風景は二度と戻って来ず、ただその時の残像を追いかけるばかりだ。その一瞬に置き去りにされたような感覚を味わうのも、寄り道の醍醐味なのかもしれない。


著者

ヨリミチプレス/キャリアブレイク研究所

ありたい自分になる。

ありたい自分を探す。

はたらくグラデーションをことばに綴る編集室。